過去の意味付けは、今現在でいくらでも変わる。

私の家族は仲が良くなかった。

両親だけではない。親子間も微妙、兄弟間も微妙という本当に殺伐とした家だったと思う。

もちろん、家族旅行になんか行ったことはない。

遠出は祖母の家のみ。

だが一度だけ、あるテーマパークに行ったことがある。

その時のメンバーは母と、兄弟と、母の不倫相手だった。

たぶん世間的には、あまり褒められた話ではないんだろうなぁ。

子どもに自分の不倫相手を会わせる母親。

楽しい家族(家族、ではないか)でのお出かけの経験がない私は、その旅が妙に楽しかったことを覚えている。

父込みで出かけると、必ず父が突然怒り出し移動の車内の空気が凍っていたため、正直楽しさも半減していた。

でも、その日のお出かけは大人の顔色を窺わずに、あの乗り物に乗りたいとか、これが欲しいとか、普通の声のボリュームで話ができていたように思う。

普通の声のボリュームでってところがポイントで、両親どちらかと不仲の人にはわかるかもしれないが、その不仲の方に聞こえないように小さな声でしゃべり、そっちの親のチェックの結果オッケーが出たらやっと恐る恐る主張してみるっている算段だ。

元来の気質からか、はたまた掘り返しても楽しい日々などないからか、私は日ごろ過去を振り返ることがほぼない。

この話も、今日のお題が家族旅行だったから思い出した程度だ。

そうやって積極的に振り返ることはないけれど、たまに思い出すと楽しい記憶だ。

そして今では、その不倫相手は新しいお父さんです。

っていえればドラマチックで美談なのですが。残念。

今でも母の彼氏です。

そしてこの残念、はお父さんになってほしいのに、残念

ではなく、その元不倫相手はアル中・傷害事件で捕まりかける・無職、というエッジの効きまくった三冠王に輝き、さらに母を足に使うというなんともアレな状況にあるから残念なのだ。

思いでは美しいままで、とはよく使われる表現だが、美しいままで終えるためには関係性を力技でぶった切る必要があって、そりゃもう美しくなんかないよね、って話です。

美しく幕を引くのは、ありゃもう運でしかないな。相手がいる以上、自分の意志だけでどうこうできるこっちゃない。

唯一の美しき人生の幕引きは自分で人生からログアウトするくらいですかね。これも他人からしたら心に傷を残す美しくもないラストにはなりますが。

人間、生きている間はどうしてもどぶ臭くなってしまうのはしかたのないことなのか。

楽しい過去は変わらない。変わらないはずなのに、今の関係性が私としては受け入れがたい状況にあり、その思い出に影を落とす。

楽しい思い出をくれた彼を何となく今では疎ましく思ったり、でも昔は楽しかった、あれがなかったら私の思い出は本当に生ごみだらけになるぞと思ったり。

どうやって心に落とし込んだらいいのかが今でもわからず持て余す。

そんなことを思い、少しだけ切なくなってしまいました。

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