本当に金は必要なのか

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お金本当に要るのか問題

私の家は貧乏だった。というか十分すぎるほど今でも貧乏だけど。

携帯は普通に止まるし、電気も止まったことがある。

電気が止まったときは、クリームパンの上にろうそくを立てて食べた。

ろうそくの灯は揺らぎがきれいでテンションが上がる。

自分の家が電気が止まったという絶望を忘れさせるほどの美しさで、明日友人にこの話をしようとワクワクした。

水道が止まったこともある。水道が止まるだけなら「ふーん」って感じだけど、この時の私は風呂に入っていたため、いろいろあって熱湯と戦うことになった。

家族と1円単位まで割り勘をしたことだってあるし、貧乏とは本当に心が貧しくなることをいやっちゅーほど知ってる。

でも、だ。

それでもなんか最近、金いらんくね?

っていう疑問が頭をよぎる。

よぎるという表現では足りない。割といつもいる。1日のうち64時間くらいいる。本当に私の頭の中のリビングのソファに超我が物顔で座ってる。

お金が無くても生きていけると思う

生きていくための最低限の費用って、そんななくない?

食費を抑えるのはあまり褒められた話ではないかもしれない。でも、田舎住みならご近所さんからの野菜のおすそ分けがあったりする。おすそ分けが期待できなくても、安いスーパーなんなり探して、頑張って節約すればいい。使わない生活って案外普通にできる。

美容費とか交際費とか、こういうのも自分の身の丈に合う範囲で楽しめばいい。

みんながみんな最先端のおしゃれや話題の店で飯を食う必要はないだろう。

結局のところ、生活費がかさむ一番の理由は見栄だろう。みんながうらやむような生活をSNSでアピールしたいとか、そういう願望さえなくせば何もがむしゃらに働いて稼ぐ道を探す必要もない気がする。

レンタルサービスを使ってモノを所有しないっていう選択もあるし、それではレンタル費用がかかるって言うなら、物を譲ってもらうようなジモティーのようなサービスもある。

人を頼ることのできる人間になれれば、生きることの費用っていくらでもゼロに近づけることができると思う。

社会に何を還元できるか

ただ、人に頼りっぱなしってのは土台無理な話で。坂爪圭吾さんのように頼りまくって生きている人もいるけどね。坂爪圭吾さんがたくさんの人に支えられ多くを与えられているのは、彼とつながることで得られる何かがあるからだろう。

そうやって、得られた分、社会に何かを返していく必要があると思う。

今はまだまだサービスの代価はお金という文化が残ってるけど、お金以外の価値を提供すれば生きるための何かを与えてもらえる時代がこれから来ると思うんだ。

直接的な労働で返すもよし、坂爪圭吾さんみたいに独特な生活をしているという人生経験を発信するでもいい。

自分が社会に何を還元できるかが大事だろう。

この人と関わることで何かが得られると思ってもらえれば、死にゃあせん。

金のために生きるのを止めよう

生きるのにお金はさほど必要ない。

プライドを満たすため、承認欲求を満たすためには稼ぐことも必須かもしれないけど、そうでなければ、ただ生きていくためだけなら大した額は必要ない。

もうお金のために働くという自分の人生を止めにしたい。

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