ボッチ飯は最高に旨い。人目なんて気にするな!

ご飯、特に外食は基本一人派です。

 

ボッチ飯、気にする人が多いようですね。一緒にご飯を食べる人がいないと思われるのは恥ずかしいとか、そういう気持ちでしょうか?私は完全に一人でご飯食べるのが好きな人間なので、ご飯に誘われてどうにかこうにか理由をつけてぼっち飯になるように持っていきます。

 

ボッチ飯大好き根暗人間が、一人ご飯のいい点を挙げていきたいと思います。

 

 

ボッチ飯の良さ

ボッチ飯は適温を追求できる

誰かと一緒に外食に行って、頼んだメニューによって出てくるタイミングが違うとかあるあるですよね。そうなった場合、何となく先に食べるのがはばかられて待っちゃいません?

 

私は絶対に待ちます。さすがに一緒にご飯食べに行ってるのに先に食べるのはマナー違反な気がしちゃって。ちなみに逆の立場なら待たれたくないんですけどね。人を待たせるのが嫌いなんです。

 

でも逆の立場なら絶対に待つ。自分の考え方が多数派じゃないことを自覚しているため、自分がしてもらって嬉しいことをして、してもらいたくないことをしないっていう判断はしません。徹底的に普通っぽい行動を心がけています。

 

そうなると、相手のご飯が届くころには先に届いたほうのご飯は冷めてるじゃないですか。やっぱりご飯って適温で食べるのが一番おいしいのに、「いただきます」の時点ですでに適温を外してる。

 

その点ボッチ飯は、ご飯が運ばれてきた時点で試合開始のゴングが鳴ります。そのご飯の最高の状態で食べられるわけです。

 

ボッチ飯は喋らずにご飯に集中できる

ご飯中に喋るの苦手です。子どもの頃から食事中に喋らずに育ってきたからでしょうか。とにかく喋ると食べるを両立できない。

 

喋ると食べれない、食べると喋れない。じゃあ喋らないかっていうと、人がいるのに喋らずに食べる空気に耐えられない。根暗だから喋らないのに人と一緒にいる空間がつらい。咀嚼音が耳の奥で響く。

 

っていうなかなか嫌な状態になります。

 

ボッチ飯なら、喋るかどうかなんて考える必要はありません。むしろボッチ飯で喋るという選択肢は完全に不正解です。安心して耳の苦に響く咀嚼音を聞きながらご飯を味わえる。

 

ボッチ飯は食べる速度を気にしなくていい

私は食べるのが遅いです。普通の定食でも1時間はかかります。これ、人と外食に行くと結構気を遣います。相手は確実に食べ終わって暇を持て余しているけど自分は食べ終えることができない。

 

しかも食べる速度が遅いくせに、喋らなきゃいけないというプレッシャーと戦ってたりもして、なおのこと食べるのが遅くなる。これをさけるために噛まずに飲めるざるそばとかばっかり頼んでしまいます。そばは美味しいけど、食べる速度を速めるためだけに選ぶそばは悲しい。

 

なぜわざわざお金を払ってまで妥協した選択をしなければならないのか。独りならどんだけゆっくり食べてても気にならない。大好きなチキン南蛮をのんびり食べる時間が最高です。

 

ボッチ飯の良さの共通点は気が楽なこと

ボッチ飯の良さを色々述べましたが、その共通点は全て気が楽なことにあります。相手に気を遣わなくていいから、楽な気持ちでご飯を食べられる。そもそも気を遣わなければいい話ですが、こっちだって気を遣いたくて気を遣っているわけではない。自然と相手の反応が気になってしまうんですよ。

 

私にとっては一人でご飯を食べる寂しい人というイメージで見られるより、気を遣ってご飯を味わえないことの方がよっぽど嫌です。大体周りの人に「あの人は寂しい人だ」って思われることに恐れる必要はないですよ。それが何かって話です。私は一人ですけど、何か問題でも?って胸張ったらいいですよ。

 

ボッチで飯を食う人というイメージを恐れることがむしろ問題

ボッチで飯を食うことは、ただただ楽ですよ。もちろん気が合う人と食べるご飯は美味しいです。これおいしいねって言える相手がいることも素晴らしい。

 

でもそれは相手といい関係だってことが絶対条件です。孤独を紛らわすために、孤独だと周りに思われないために、たいして好きでもない人と気を遣いながら食べるご飯とか味気ない。

 

自分が好きな人と食べるご飯を存分に楽しんで、そういう人が周りにいない間は一人でのご飯を満喫したらいい。ボッチ飯にはボッチ飯の良さがあります。

 

ボッチ飯を気まずく思っている人、ボッチの何が悪いと胸を張りましょう。

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