私はバカなので30代をバカらしく生きることにする

安定を求めた人生の方が、将来的に後悔が少なくて済むような気がする。レールを外れた生き方をしてしまったけど、もう一度レールに乗りたい。そういう思いから、何とか必死こいてレールに再度乗れるように努力している人、いませんか。

 

私はそういう生き方をしてきて、今結局後悔だらけです。「将来後悔しないで済む」っていう考えで、今を犠牲にした先に待つものは後悔しかない未来ですよ。

 

私の20代は何も残らなかった

私は新卒で入った会社を2か月で辞めました。詳しくは下の記事に書いてます。もしよかったらどうぞ。

本当に正社員にならなきゃいけない?世間の常識に流されていないか考えてみて

 

今ね、人生を振り返って本当に思います。やりたいことやればよかったなって。ワクワクしないけど正解っぽい道を選んで、自分自身を説得するようにして過ごしてきた10年間のあほらしさよ。

 

その10年もの膨大な時間に、やりたいことだけするっていう気持ちでいれば、今頃どんな景色が見えていたのかなって疑問に思ってしまいます。もちろん、失敗しかなかったとは言いません。その中でいい出会いもしてきたし、学ぶこともあった。

 

ただ自分の人生に対しての自分自身のポジションの取り方を、そもそも間違っていたように思う。自分が納得できていない進路を、世間が、周りの先輩方がいいと言っているからという安直な理由で選んでしまっていました。

 

私ね、結構素直なんですよ(自分で言うな)。素直だから、経験の少ない自分で考えつく答えよりも、先輩方がはじき出す答えのほうが尊いと思ってしまう。素直だな~。

 

でもこれって、人の意見をまんま取り入れているってだけで、自分の頭一切働かせてないですよね。だから私の頭の中身はウンコんでしょうね。反省。

 

どの意見も正しいけど自分に合う答えを知ってるのは自分だけ

周りの人たちが言う意見って、完全に間違ってるものってないんじゃねぇのかと思います。部分部分正しいじゃなかろうか。それでも、自分にとって正解と言えるものは自分でしか導きだせないんですよね。

 

なぜなら、自分の感覚と向き合えるのは自分だけだから。世間で評判の旨いラーメン屋のラーメンを食べて、まずいと思うのならそれは合わないんです。たとえ自分以外の人が高く評価していたとしても。

 

何が嬉しいのか、何が腹立つのか。ある程度共通の認識みたいなものは人間あるけれど、でも全ての感覚が一致している人はこの世にいないんで。自分が一番何を欲しているのか、何が間違いで何が正解かなんて、自分の感覚と向き合いながら探っていくほかないですよ。

 

私は向かない道を安定しているというだけで進んできた

私がこの10年向き合ってきた進路は、残念ながら私の心を満たしてくれるものではなかったです。私が、世間の声にしか耳を傾けず、自分自身の違和感を無視して生きてきたツケですね。たっかい授業料でしたわ。

 

なぜ私が人よりも多くの「外しすぎ」な失敗をしてきたのか、今理由がわかります。自分の感覚を無視してきたことです。自分の感覚を信じて、これはあり、これはなしって言えてたら、ここまで外しまくることはなかったように思います。

 

失敗をすることは悪くない。でも見当違いにもほどがあるような失敗は、無駄だから。どうせ失敗するならより前に進む失敗をしたいところですね。

 

私はバカだから30代はバカらしく生きることにした

私はバカです。正直、バカだという点においては1万分の1の人材じゃないかと思うほどにバカです。だから小賢しく振舞っても、魅力が出ません。だってそもそも、そのあり方は無理があるし。やっぱり人は、その人らしい姿である時が一番魅力的ですよ。

 

この10年間を安定志向で、保守的な生き方で歩んできたので、向こう10年は、今までやらんかったような生き方をやってみようと思います。そこで「こんな刹那的な生き方じゃだめだ」って思えば、また進路を変えていくつもりです。

 

とりあえず、今いくつかやりたいことリストがあるので、心理的ハードルが低い物からどんどん着手していきます。

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